所谓会念经但不识主,是怎么回事?
你不相信有神,要真有的话,神就得让你遇见。见过没认出来又是怎么回事?
比起相信神,我更相信人的愚跟蠢,都是被严格写入基因的。谁要愣说自己不那样,就多少有往神那边儿努力地意思了,或者多少把自己当成神,百分之多少多少的半成神。
天堂这事儿很无聊,只能单方面地跟美好打交道。
你若归入我的名下,乃是说我愿意承认我是有罪的,我是愿意悔改的,不是为了成圣。我有罪,还不都是因为你。
到一定阶段,就别动辄再翻什么文本了,谁引用谁就败了。
你们瞧不起村上,村上不等于文学约等于灾难。可村上都跑成欢喜佛了,你们知道不知道?
bliss只能是主观的,认为别人没得着并且不可能得着就不客观了。
是什么,不知道。怎么进,讲不清。非气功。
信仰也好,怎么也好,都是极度开放的,你很难想象大光明只有一束,耶稣,释迦摩尼就一灯管儿。
反之,可以螺旋,打四面八方蜂拥。
「単なる生の哲学」(64-66頁抜粋、平凡社、2005)
「創造されること、生きること、ほんのちっぽけな片隅にいたるまで、取り返しがつかぬほど限定された自己の、全く考えも及ばない分岐にいたるまで、自己を感じること、確かにそれはおぞましいことだ。われわれは結局樹木にすぎない。」(アルトー2、二十七頁)
そしてアルトーの関心を占めるのは、このような生と、それを包囲する力の特異なイメージだけではなく、まったく独自の角度から発見される身体でもある。彼にとって生とは身体の生である。しかしここでもやはり問題になるのは、きわめて特異な身体であり、すでに青年期から彼は「私の自我とあんなにも折り合いの悪かったもろもろの器官の制限」から、是が非でも抜け出ようとする。明らかに、身体と「諸器官」とは、同じものではないのだ。身体と「諸器官」が対立してしまうような生の位相があるのだ。
アガンベンは、ナチズムを生ー政治学的問題という視野にみちびき、まさに生をめぐるドグマが遭遇する限界状況に光をあてようとしたが、生をめぐる政治とドグマは、何よりも生として生きられる現実そのものと衝突し、抵抗を受けるのである。それがビオスといわれようと、ゾーエーといわれようと、生は他の生のあいだにあって、干渉し干渉され、単なる生に還元されえない錯綜した様相をもっている。フーコーからアガンベンにうけつがれた生ー政治学の問題提起は、生をめぐる社会的構造のある見えない面を見えるようにしたと同時に、別の面を蔽ってしまったかのようなのである。
アルトーにとっての生は、ゾーエーと、剥き出しの、無一物の純粋な動物性と無関係ではない。しかし彼は決して、発生あるいは自己生成としての生、異様に強度な、浸入しがたい、動いてやまない、境界を知らない力としての生と、これに一致する身体の感覚を失ったことはない。これは、もはやビオスあるいはゾーエーという用語で決定することのできない生であり、決定不可能であり、還元不可能であることを本質とする生である。
其一。Artaud结合个人切身体验,坚决把任何有关“生”的东西同精神挂钩,所有“生”都是有关身体的,根本也没搭理精神-肉体这对儿历史悠久的二元论。但即使就 “身体”这一单维而言,Artaud也明确指出身体跟器官并非一码事,身体不等于诸器官的合集。非但不等于,它们根本上还是对立的。
其二。由Artaud原创的Corps-sans-organes,D&G共同作业时出现的Corps-sans-organes,以及D,G单独理解的Corps-sans-organes完全是三套Corps-sans-organes。
其三。Foucault,或者Agamben都试图在根本不可能有“生”存活的地方拼命打听其下落,前者开了个古今性学培训班,后者为此还特意奔了趟奥斯维辛。反之,Artaud则完全寄希望于自己,诸不自由都是以器官为媒介,经由社会产生反馈的。器官被塑造,被感染,被调教。必须想方设法摆脱社会性的高度组织化的“生”,回归动物性的“生”。
昭和十九年
四月二十六日
俺は人間、特に現代の日本人の人間性に絶望を感じている。恐らく今の人間ほど神から遠くかけはなれた時代はないと思う。そしてこれから将来、宗教が重んぜられる日というものは果して来るであろうか。
ドストエフスキーのシベリヤ生活。
獰猛な囚人たちの間に混って、彼はどんな生き方をしていたろう。彼に与えられた唯一の書物はバイブル。彼をおもえ。
十一月二十九日
俺たちの苦しみと死とが、俺たちの父や母や弟妹たち、愛する人たちの幸福のために、たとえわずかでも役立つものならば。
翌年の一月二日
ただ一人にて生れ、
死ぬるもただ一人。
昨日恋し、今日悩み、明日死す。(キェルケゴール?)
弱きもの、哀れなるもの、汝の名は人類。
一月十八日
歩兵の将校で長らく中支(中華)の作戦に転戦した方の話を聞く。
女の兵隊や、捕虜の殺し方、それは惨いとか残忍とかそんな言葉じゃ言い表わせないほどのものだ。
俺は航空隊に転科したことに、一つのほっとした安堵を感じる。つまる所は同じかもしれないが、直接に手をかけてそれを行わなくてもよい、ということだ。
人間の獣性というか、そんなものの深く深く人間性の中に根を張っていることを沁々と思う。
人間は、人間がこの世を創った時以来、少しも進歩していないのだ。
今次の戦争には、もはや正義云々の問題はなく、ただただ民族間の憎悪の爆発あるのみだ。敵対し合う民族は各々その滅亡まで戦を止めることはないであろう。
恐しき哉、浅ましき哉。
人類よ、猿の親類よ。
長谷川 信
一九二二年(大正十一)四月十二日生。福島県出身
一九四二年(昭和十七)明治学院高等部に入学
一九四三年十二月入営、陸軍特別操縦見習士官
一九四五年四月十二日、武陽特別攻撃隊員として沖縄にて戦死。陸軍少尉。二十三歳。






搞不大懂的反而是剧情。凶手有三次绝佳机会送哈里上西天。一,哈里携巨款到十字架碑底见绑匪,凶手其实满可以跟树林里暗中来一枪拿钱闪人的,但是他没有。注意,注意,仅仅是一顿胖揍,并且还企图在精神层面上折磨哈里(钱到手就撕票)。最可气的是,即使随后腿部中刀凶手也还是没有因暴怒送哈里一枪,他居然自个灰溜溜地滚下了小山坡儿。此次失手直接造成凶手日后行动不便,继而在与哈里的对决中处于绝对下风。二,末尾处凶手劫持校车途中遭遇已经跟桥上摆了半天造型的哈里,顿时无比慌乱(无比亢奋?)。车行至煤场,一个急刹,哈里被甩到土堆上。此时凶手只需稳稳地打车上下来,然后一边把哈里的著名台词(Do I fell lucky?云云)反念给哈里,一边举枪将对手爆头,时间足富裕。但是,他没有。注意,凶手先是无比慌乱的踹开门,然后屁都没敢放就直接跑向煤场深处了。这时有个镜头很搞,凶手都跑出老远哈里才揉揉眼打土堆里爬起来,跟刚睡醒一样。即使是最后煤场的枪战,凶手依然掌握大把取胜良机,最说不过去的是其中一场,当时俩人转的都有点晕,凶手索性提前锁住煤道的一个缺口。哈里还真就慌里慌张地跟那儿经过露了下头,注意,注意,为了放生,凶手扳机动都没动。
意即,杀了哈里于凶手无益。反之,给凶手带来莫大快感的恐怕是之前的两场戏,一,被哈里在灯光球场逮个正着,哈里单独给凶手上私刑,那快感,镜头都飞了。二,为了诬陷哈里利用业余时间对自己施暴(这跟由于无法同真正的性幻想对象“交手”,随意找个替代品搞一把区别大么?),凶手特意自个儿花钱找人把自己打花,然后放风给媒体将哈里搞臭。重要的是这一行为能继续招惹到哈里,叫哈里接茬保持对自己的关注。
身为B级片翘楚,唐·西格尔在这部华纳制作里埋了两条线。其中一条是谁都看得见的,新类型,好故事,伊斯特伍德成功塑造了Dirty Harry这一硬汉形象啦,片中传递了敢于如何如何跟美国司法体制唱对台戏之类的信息啦,等等主流见地。另一条线,在我看,就完全是沿着凶手个人欲望这条线,凶手每一次犯案都好像是为了挑逗哈里满足自己。况且凶手还是位极难伺候的psycho killer,太远了不行,犯案不够连续就无法引起哈里的足够重视,制造不了与其单独会面的机会。太近了也不行,哈里有一阵天天跟踪凶手,严重干扰了凶手本人的正常生活,逼的凶手演苦肉计。要知道此类变态情愫实为各主流大厂所不容,谁要是把这条线当正事儿办了,下回再组织招安就不叫您了,西格尔B级片品性难改,Dirty Harry后作再难觅其名。
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