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	<title>堕入三千代</title>
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	<description>直体后空翻接空中转体两周半!</description>
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		<title>メモ（３）</title>
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		<pubDate>Wed, 11 Aug 2010 06:07:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>CQ</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分类]]></category>

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		<description><![CDATA[所谓会念经但不识主，是怎么回事？ 你不相信有神，要真有的话，神就得让你遇见。见过没认出来又是怎么回事？ 比起相信神，我更相信人的愚跟蠢，都是被严格写入基因的。谁要愣说自己不那样，就多少有往神那边儿努力地意思了，或者多少把自己当成神，百分之多少多少的半成神。 天堂这事儿很无聊，只能单方面地跟美好打交道。 你若归入我的名下，乃是说我愿意承认我是有罪的，我是愿意悔改的，不是为了成圣。我有罪，还不都是因为你。 到一定阶段，就别动辄再翻什么文本了，谁引用谁就败了。 你们瞧不起村上，村上不等于文学约等于灾难。可村上都跑成欢喜佛了，你们知道不知道？ bliss只能是主观的，认为别人没得着并且不可能得着就不客观了。 是什么，不知道。怎么进，讲不清。非气功。 信仰也好，怎么也好，都是极度开放的，你很难想象大光明只有一束，耶稣，释迦摩尼就一灯管儿。 反之，可以螺旋，打四面八方蜂拥。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: justify;">所谓会念经但不识主，是怎么回事？</p>
<p style="text-align: justify;">你不相信有神，要真有的话，神就得让你遇见。见过没认出来又是怎么回事？</p>
<p style="text-align: justify;">比起相信神，我更相信人的愚跟蠢，都是被严格写入基因的。谁要愣说自己不那样，就多少有往神那边儿努力地意思了，或者多少把自己当成神，百分之多少多少的半成神。</p>
<p style="text-align: justify;">天堂这事儿很无聊，只能单方面地跟美好打交道。</p>
<p style="text-align: justify;">你若归入我的名下，乃是说我愿意承认我是有罪的，我是愿意悔改的，不是为了成圣。我有罪，还不都是因为你。</p>
<p style="text-align: justify;">到一定阶段，就别动辄再翻什么文本了，谁引用谁就败了。</p>
<p style="text-align: justify;">你们瞧不起村上，村上不等于文学约等于灾难。可村上都跑成欢喜佛了，你们知道不知道？</p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family: georgia,serif;">bliss</span>只能是主观的，认为别人没得着并且不可能得着就不客观了。</p>
<p style="text-align: justify;">是什么，不知道。怎么进，讲不清。非气功。</p>
<p style="text-align: justify;">信仰也好，怎么也好，都是极度开放的，你很难想象大光明只有一束，耶稣，释迦摩尼就一灯管儿。</p>
<p style="text-align: justify;">反之，可以螺旋，打四面八方蜂拥。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>蓝领</title>
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		<pubDate>Wed, 28 Jul 2010 15:19:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>CQ</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分类]]></category>

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		<description><![CDATA[Live At &#34;Top of The Pops&#34; Live At The Playboy Mansion Brento Wood1967年的金牌单曲&#8220;Gimme Little Sign&#8221;，白人靠边儿站。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: center;"><embed allowfullscreen="true" allowscriptaccess="always" height="300" src="http://blip.tv/play/AYHxvRUA" type="application/x-shockwave-flash" width="400"></embed></p>
<p style="text-align: center;"><span style="font-family: georgia,serif;">Live At &quot;Top of The Pops&quot; </span></p>
<p style="text-align: center;"><embed allowfullscreen="true" allowscriptaccess="always" height="300" src="http://blip.tv/play/AYHxu2kA" type="application/x-shockwave-flash" width="400"></embed></p>
<p style="text-align: center;"><span style="font-family: georgia,serif;">Live At The Playboy Mansion<br />
	</span></p>
<p style="text-align: center;"><span style="font-family: georgia,serif;">Brento Wood1967</span>年的金牌单曲<span style="font-family: georgia,serif;">&ldquo;Gimme Little Sign&rdquo;</span><span style="font-family: georgia,serif;">，</span>白人靠边儿站。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>メモ（２）</title>
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		<pubDate>Fri, 23 Jul 2010 16:58:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>CQ</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分类]]></category>

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		<description><![CDATA[「単なる生の哲学」（６４－６６頁抜粋、平凡社、２００５） 「創造されること、生きること、ほんのちっぽけな片隅にいたるまで、取り返しがつかぬほど限定された自己の、全く考えも及ばない分岐にいたるまで、自己を感じること、確かにそれはおぞましいことだ。われわれは結局樹木にすぎない。」（アルトー２、二十七頁） そしてアルトーの関心を占めるのは、このような生と、それを包囲する力の特異なイメージだけではなく、まったく独自の角度から発見される身体でもある。彼にとって生とは身体の生である。しかしここでもやはり問題になるのは、きわめて特異な身体であり、すでに青年期から彼は「私の自我とあんなにも折り合いの悪かったもろもろの器官の制限」から、是が非でも抜け出ようとする。明らかに、身体と「諸器官」とは、同じものではないのだ。身体と「諸器官」が対立してしまうような生の位相があるのだ。 アガンベンは、ナチズムを生ー政治学的問題という視野にみちびき、まさに生をめぐるドグマが遭遇する限界状況に光をあてようとしたが、生をめぐる政治とドグマは、何よりも生として生きられる現実そのものと衝突し、抵抗を受けるのである。それがビオスといわれようと、ゾーエーといわれようと、生は他の生のあいだにあって、干渉し干渉され、単なる生に還元されえない錯綜した様相をもっている。フーコーからアガンベンにうけつがれた生ー政治学の問題提起は、生をめぐる社会的構造のある見えない面を見えるようにしたと同時に、別の面を蔽ってしまったかのようなのである。 アルトーにとっての生は、ゾーエーと、剥き出しの、無一物の純粋な動物性と無関係ではない。しかし彼は決して、発生あるいは自己生成としての生、異様に強度な、浸入しがたい、動いてやまない、境界を知らない力としての生と、これに一致する身体の感覚を失ったことはない。これは、もはやビオスあるいはゾーエーという用語で決定することのできない生であり、決定不可能であり、還元不可能であることを本質とする生である。 其一。Artaud结合个人切身体验，坚决把任何有关&#8220;生&#8221;的东西同精神挂钩，所有&#8220;生&#8221;都是有关身体的，根本也没搭理精神-肉体这对儿历史悠久的二元论。但即使就 &#8220;身体&#8221;这一单维而言，Artaud也明确指出身体跟器官并非一码事，身体不等于诸器官的合集。非但不等于，它们根本上还是对立的。 其二。由Artaud原创的Corps-sans-organes，D&#38;G共同作业时出现的Corps-sans-organes，以及D，G单独理解的Corps-sans-organes完全是三套Corps-sans-organes。 其三。Foucault，或者Agamben都试图在根本不可能有&#8220;生&#8221;存活的地方拼命打听其下落，前者开了个古今性学培训班，后者为此还特意奔了趟奥斯维辛。反之，Artaud则完全寄希望于自己，诸不自由都是以器官为媒介，经由社会产生反馈的。器官被塑造，被感染，被调教。必须想方设法摆脱社会性的高度组织化的&#8220;生&#8221;，回归动物性的&#8220;生&#8221;。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: justify;"><span style="font-size: 13.4px;"><span style="font-family: ms pgothic,helvetica,sans-serif;">「単なる生の哲学」（６４－６６頁抜粋、平凡社、２００５）<br />
	</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-size: 13.4px;"><span style="font-family: ms pgothic,helvetica,sans-serif;">「創造されること、生きること、ほんのちっぽけな片隅にいたるまで、取り返しがつかぬほど限定された自己の、全く考えも及ばない分岐にいたるまで、自己を感じること、確かにそれはおぞましいことだ。われわれは結局樹木にすぎない。」（アルトー２、二十七頁）</span><br />
	</span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-size: 13.4px;"><span style="font-family: ms pgothic,helvetica,sans-serif;">そしてアルトーの関心を占めるのは、このような生と、それを包囲する力の特異なイメージだけではなく、まったく独自の角度から発見される身体でもある。彼にとって生とは身体の生である。しかしここでもやはり問題になるのは、きわめて特異な身体であり、すでに青年期から彼は「私の自我とあんなにも折り合いの悪かったもろもろの器官の制限」から、是が非でも抜け出ようとする。明らかに、身体と「諸器官」とは、同じものではないのだ。身体と「諸器官」が対立してしまうような生の位相があるのだ。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-size: 13.4px;"><span style="font-family: ms pgothic,helvetica,sans-serif;">アガンベンは、ナチズムを生ー政治学的問題という視野にみちびき、まさに生をめぐるドグマが遭遇する限界状況に光をあてようとしたが、生をめぐる政治とドグマは、何よりも生として生きられる現実そのものと衝突し、抵抗を受けるのである。それがビオスといわれようと、ゾーエーといわれようと、生は他の生のあいだにあって、干渉し干渉され、単なる生に還元されえない錯綜した様相をもっている。フーコーからアガンベンにうけつがれた生ー政治学の問題提起は、生をめぐる社会的構造のある見えない面を見えるようにしたと同時に、別の面を蔽ってしまったかのようなのである。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-size: 13.4px;"><span style="font-family: ms pgothic,helvetica,sans-serif;">アルトーにとっての生は、ゾーエーと、剥き出しの、無一物の純粋な動物性と無関係ではない。しかし彼は決して、発生あるいは自己生成としての生、異様に強度な、浸入しがたい、動いてやまない、境界を知らない力としての生と、これに一致する身体の感覚を失ったことはない。これは、もはやビオスあるいはゾーエーという用語で決定することのできない生であり、決定不可能であり、還元不可能であることを本質とする生である。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;">其一。Artaud结合个人切身体验，坚决把任何有关&ldquo;生&rdquo;的东西同精神挂钩，所有&ldquo;生&rdquo;都是有关身体的，根本也没搭理精神-肉体这对儿历史悠久的二元论。但即使就 &ldquo;身体&rdquo;这一单维而言，Artaud也明确指出身体跟器官并非一码事，身体不等于诸器官的合集。非但不等于，它们根本上还是对立的。</p>
<p style="text-align: justify;">其二。由Artaud原创的Corps-sans-organes，D&amp;G共同作业时出现的Corps-sans-organes，以及D，G单独理解的Corps-sans-organes完全是三套Corps-sans-organes。</p>
<p style="text-align: justify;">其三。Foucault，或者Agamben都试图在根本不可能有&ldquo;生&rdquo;存活的地方拼命打听其下落，前者开了个古今性学培训班，后者为此还特意奔了趟奥斯维辛。反之，Artaud则完全寄希望于自己，诸不自由都是以器官为媒介，经由社会产生反馈的。器官被塑造，被感染，被调教。必须想方设法摆脱社会性的高度组织化的&ldquo;生&rdquo;，回归动物性的&ldquo;生&rdquo;。</p>
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		<title>メモ（１）</title>
		<link>http://echosblog.com/?p=1109</link>
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		<pubDate>Thu, 22 Jul 2010 04:01:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>CQ</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分类]]></category>

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		<description><![CDATA[昭和十九年 四月二十六日 俺は人間、特に現代の日本人の人間性に絶望を感じている。恐らく今の人間ほど神から遠くかけはなれた時代はないと思う。そしてこれから将来、宗教が重んぜられる日というものは果して来るであろうか。 ドストエフスキーのシベリヤ生活。 獰猛な囚人たちの間に混って、彼はどんな生き方をしていたろう。彼に与えられた唯一の書物はバイブル。彼をおもえ。 十一月二十九日 俺たちの苦しみと死とが、俺たちの父や母や弟妹たち、愛する人たちの幸福のために、たとえわずかでも役立つものならば。 翌年の一月二日 ただ一人にて生れ、 死ぬるもただ一人。 昨日恋し、今日悩み、明日死す。（キェルケゴール？） 弱きもの、哀れなるもの、汝の名は人類。 一月十八日 歩兵の将校で長らく中支（中華）の作戦に転戦した方の話を聞く。 女の兵隊や、捕虜の殺し方、それは惨いとか残忍とかそんな言葉じゃ言い表わせないほどのものだ。 俺は航空隊に転科したことに、一つのほっとした安堵を感じる。つまる所は同じかもしれないが、直接に手をかけてそれを行わなくてもよい、ということだ。 人間の獣性というか、そんなものの深く深く人間性の中に根を張っていることを沁々と思う。 人間は、人間がこの世を創った時以来、少しも進歩していないのだ。 今次の戦争には、もはや正義云々の問題はなく、ただただ民族間の憎悪の爆発あるのみだ。敵対し合う民族は各々その滅亡まで戦を止めることはないであろう。 恐しき哉、浅ましき哉。 人類よ、猿の親類よ。 &#160; 長谷川　信 一九二二年（大正十一）四月十二日生。福島県出身 一九四二年（昭和十七）明治学院高等部に入学 一九四三年十二月入営、陸軍特別操縦見習士官 一九四五年四月十二日、武陽特別攻撃隊員として沖縄にて戦死。陸軍少尉。二十三歳。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">昭和十九年<br />
	四月二十六日</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">俺は人間、特に現代の日本人の人間性に絶望を感じている。恐らく今の人間ほど神から遠くかけはなれた時代はないと思う。そしてこれから将来、宗教が重んぜられる日というものは果して来るであろうか。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">ドストエフスキーのシベリヤ生活。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">獰猛な囚人たちの間に混って、彼はどんな生き方をしていたろう。彼に与えられた唯一の書物はバイブル。彼をおもえ。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">十一月二十九日</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">俺たちの苦しみと死とが、俺たちの父や母や弟妹たち、愛する人たちの幸福のために、たとえわずかでも役立つものならば。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">翌年の一月二日</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">ただ一人にて生れ、<br />
	死ぬるもただ一人。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">昨日恋し、今日悩み、明日死す。（キェルケゴール？）</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">弱きもの、哀れなるもの、汝の名は人類。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">一月十八日</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">歩兵の将校で長らく中支（中華）の作戦に転戦した方の話を聞く。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">女の兵隊や、捕虜の殺し方、それは惨いとか残忍とかそんな言葉じゃ言い表わせないほどのものだ。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">俺は航空隊に転科したことに、一つのほっとした安堵を感じる。つまる所は同じかもしれないが、直接に手をかけてそれを行わなくてもよい、ということだ。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">人間の獣性というか、そんなものの深く深く人間性の中に根を張っていることを沁々と思う。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">人間は、人間がこの世を創った時以来、少しも進歩していないのだ。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">今次の戦争には、もはや正義云々の問題はなく、ただただ民族間の憎悪の爆発あるのみだ。敵対し合う民族は各々その滅亡まで戦を止めることはないであろう。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">恐しき哉、浅ましき哉。<br />
	人類よ、猿の親類よ。</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">&nbsp;</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">長谷川　信</span></span></p>
<p style="text-align: justify;"><span style="font-family:ms pgothic,helvetica,sans-serif;"><span style="font-size: 13.4px;">一九二二年（大正十一）四月十二日生。福島県出身<br />
	一九四二年（昭和十七）明治学院高等部に入学<br />
	一九四三年十二月入営、陸軍特別操縦見習士官<br />
	一九四五年四月十二日、武陽特別攻撃隊員として沖縄にて戦死。陸軍少尉。二十三歳。</span></span></p>
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		<title>点四四</title>
		<link>http://echosblog.com/?p=1092</link>
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		<pubDate>Thu, 22 Jul 2010 02:37:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>CQ</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分类]]></category>

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		<description><![CDATA[搞不大懂的反而是剧情。凶手有三次绝佳机会送哈里上西天。一，哈里携巨款到十字架碑底见绑匪，凶手其实满可以跟树林里暗中来一枪拿钱闪人的，但是他没有。注意，注意，仅仅是一顿胖揍，并且还企图在精神层面上折磨哈里（钱到手就撕票）。最可气的是，即使随后腿部中刀凶手也还是没有因暴怒送哈里一枪，他居然自个灰溜溜地滚下了小山坡儿。此次失手直接造成凶手日后行动不便，继而在与哈里的对决中处于绝对下风。二，末尾处凶手劫持校车途中遭遇已经跟桥上摆了半天造型的哈里，顿时无比慌乱（无比亢奋？）。车行至煤场，一个急刹，哈里被甩到土堆上。此时凶手只需稳稳地打车上下来，然后一边把哈里的著名台词（Do I fell lucky？云云）反念给哈里，一边举枪将对手爆头，时间足富裕。但是，他没有。注意，凶手先是无比慌乱的踹开门，然后屁都没敢放就直接跑向煤场深处了。这时有个镜头很搞，凶手都跑出老远哈里才揉揉眼打土堆里爬起来，跟刚睡醒一样。即使是最后煤场的枪战，凶手依然掌握大把取胜良机，最说不过去的是其中一场，当时俩人转的都有点晕，凶手索性提前锁住煤道的一个缺口。哈里还真就慌里慌张地跟那儿经过露了下头，注意，注意，为了放生，凶手扳机动都没动。 意即，杀了哈里于凶手无益。反之，给凶手带来莫大快感的恐怕是之前的两场戏，一，被哈里在灯光球场逮个正着，哈里单独给凶手上私刑，那快感，镜头都飞了。二，为了诬陷哈里利用业余时间对自己施暴（这跟由于无法同真正的性幻想对象&#8220;交手&#8221;，随意找个替代品搞一把区别大么？），凶手特意自个儿花钱找人把自己打花，然后放风给媒体将哈里搞臭。重要的是这一行为能继续招惹到哈里，叫哈里接茬保持对自己的关注。 身为B级片翘楚，唐&#183;西格尔在这部华纳制作里埋了两条线。其中一条是谁都看得见的，新类型，好故事，伊斯特伍德成功塑造了Dirty Harry这一硬汉形象啦，片中传递了敢于如何如何跟美国司法体制唱对台戏之类的信息啦，等等主流见地。另一条线，在我看，就完全是沿着凶手个人欲望这条线，凶手每一次犯案都好像是为了挑逗哈里满足自己。况且凶手还是位极难伺候的psycho killer，太远了不行，犯案不够连续就无法引起哈里的足够重视，制造不了与其单独会面的机会。太近了也不行，哈里有一阵天天跟踪凶手，严重干扰了凶手本人的正常生活，逼的凶手演苦肉计。要知道此类变态情愫实为各主流大厂所不容，谁要是把这条线当正事儿办了，下回再组织招安就不叫您了，西格尔B级片品性难改，Dirty Harry后作再难觅其名。 下载原声点此。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img alt="" height="210" src="http://echosblog.com/wp-content/uploads/97.png" width="500" /></p>
<p><img alt="" height="210" src="http://echosblog.com/wp-content/uploads/98.png" width="500" /></p>
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<p><img alt="" height="210" src="http://echosblog.com/wp-content/uploads/101.png" width="500" /></p>
<p><img alt="" height="210" src="http://echosblog.com/wp-content/uploads/102.png" width="500" /></p>
<p style="text-align: justify;">搞不大懂的反而是剧情。凶手有三次绝佳机会送哈里上西天。一，哈里携巨款到十字架碑底见绑匪，凶手其实满可以跟树林里暗中来一枪拿钱闪人的，但是他没有。注意，注意，仅仅是一顿胖揍，并且还企图在精神层面上折磨哈里（钱到手就撕票）。最可气的是，即使随后腿部中刀凶手也还是没有因暴怒送哈里一枪，他居然自个灰溜溜地滚下了小山坡儿。此次失手直接造成凶手日后行动不便，继而在与哈里的对决中处于绝对下风。二，末尾处凶手劫持校车途中遭遇已经跟桥上摆了半天造型的哈里，顿时无比慌乱（无比亢奋？）。车行至煤场，一个急刹，哈里被甩到土堆上。此时凶手只需稳稳地打车上下来，然后一边把哈里的著名台词（<span style="font-family: georgia,serif;">Do I fell lucky？</span>云云）反念给哈里，一边举枪将对手爆头，时间足富裕。但是，他没有。注意，凶手先是无比慌乱的踹开门，然后屁都没敢放就直接跑向煤场深处了。这时有个镜头很搞，凶手都跑出老远哈里才揉揉眼打土堆里爬起来，跟刚睡醒一样。即使是最后煤场的枪战，凶手依然掌握大把取胜良机，最说不过去的是其中一场，当时俩人转的都有点晕，凶手索性提前锁住煤道的一个缺口。哈里还真就慌里慌张地跟那儿经过露了下头，注意，注意，为了放生，凶手扳机动都没动。</p>
<p style="text-align: justify;">意即，杀了哈里于凶手无益。反之，给凶手带来莫大快感的恐怕是之前的两场戏，一，被哈里在灯光球场逮个正着，哈里单独给凶手上私刑，那快感，镜头都飞了。二，为了诬陷哈里利用业余时间对自己施暴（这跟由于无法同真正的性幻想对象&ldquo;交手&rdquo;，随意找个替代品搞一把区别大么？），凶手特意自个儿花钱找人把自己打花，然后放风给媒体将哈里搞臭。重要的是这一行为能继续招惹到哈里，叫哈里接茬保持对自己的关注。</p>
<p style="text-align: justify;">身为B级片翘楚，唐&middot;西格尔在这部华纳制作里埋了两条线。其中一条是谁都看得见的，新类型，好故事，伊斯特伍德成功塑造了<span style="font-family: georgia,serif;">Dirty Harry</span>这一硬汉形象啦，片中传递了敢于如何如何跟美国司法体制唱对台戏之类的信息啦，等等主流见地。另一条线，在我看，就完全是沿着凶手个人欲望这条线，凶手每一次犯案都好像是为了挑逗哈里满足自己。况且凶手还是位极难伺候的<span style="font-family: georgia,serif;">psycho killer</span>，太远了不行，犯案不够连续就无法引起哈里的足够重视，制造不了与其单独会面的机会。太近了也不行，哈里有一阵天天跟踪凶手，严重干扰了凶手本人的正常生活，逼的凶手演苦肉计。要知道此类变态情愫实为各主流大厂所不容，谁要是把这条线当正事儿办了，下回再组织招安就不叫您了，西格尔B级片品性难改，D<span style="font-family: georgia,serif;">irty Harry</span>后作再难觅其名。</p>
<p style="text-align: justify;">下载原声<a href="http://rapidshare.com/files/270161201/Dirty_Harry_Soundtrack.rar">点此</a>。</p>
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		<title>国宝</title>
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		<pubDate>Sun, 11 Jul 2010 18:43:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>CQ</dc:creator>
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		<description><![CDATA[求无删节引进。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: center;"><img alt="" height="479" src="http://echosblog.com/wp-content/uploads/96.jpg" width="400" /> </p>
<p style="text-align: center;">求无删节引进。</p>
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		<title>反省书</title>
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		<pubDate>Sun, 11 Jul 2010 18:09:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>CQ</dc:creator>
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		<description><![CDATA[在大批量期末报告赶工之缝隙，我居然还腾出手儿来弄出两份反省书来，仿佛回到极度调皮的高中。 事情原委，旷课。 事先没请示，事后想起来了，突然打的报告。（早知道不打了） 课我是旷了，但也真没借机放松了对自己的要求。先后在三个小时的时间内，听了八位同窗的修士论文构想。从莱布尼兹到斯宾诺莎，从布列松又到维斯康蒂，数码时代的影像原理再考以及妄图单手撼巴赞鼓捣出个柏格森主义式的电影本体论来的诸位，已经够瞧的了。 还感谢老师新给开的法式干白，我喝得最多。 为了避免酒溅到身上或者畏惧瓶塞蹦起时可能会发声的&#8220;巨响&#8221;，居然有人屁股高抬，捂起耳朵，做逃离现场状，非得给这位男性的他叫好不行，OMG！我的小&#8220;罗兰巴特&#8221;。 要知道，在我这种几乎百口莫辩&#8220;对不起了，您就是学艺术的&#8221;院系内，旷课是一件多么稀奇的事，大伙想艺术都想疯了。 反之极为不协调的是，万事计划，万事汇报，万事好商量，所有人都太乖了。唯此，艺术的事情还真就遥遥无期了。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: justify;">在大批量期末报告赶工之缝隙，我居然还腾出手儿来弄出两份反省书来，仿佛回到极度调皮的高中。</p>
<p style="text-align: justify;">事情原委，旷课。</p>
<p style="text-align: justify;">事先没请示，事后想起来了，突然打的报告。（早知道不打了）</p>
<p style="text-align: justify;">课我是旷了，但也真没借机放松了对自己的要求。先后在三个小时的时间内，听了八位同窗的修士论文构想。从莱布尼兹到斯宾诺莎，从布列松又到维斯康蒂，数码时代的影像原理再考以及妄图单手撼巴赞鼓捣出个柏格森主义式的电影本体论来的诸位，已经够瞧的了。</p>
<p style="text-align: justify;">还感谢老师新给开的法式干白，我喝得最多。</p>
<p style="text-align: justify;">为了避免酒溅到身上或者畏惧瓶塞蹦起时可能会发声的&ldquo;巨响&rdquo;，居然有人屁股高抬，捂起耳朵，做逃离现场状，非得给这位男性的他叫好不行，<span style="font-family: georgia,serif;">OMG！</span>我的小&ldquo;罗兰巴特&rdquo;。</p>
<p style="text-align: justify;">要知道，在我这种几乎百口莫辩&ldquo;对不起了，您就是学艺术的&rdquo;院系内，旷课是一件多么稀奇的事，大伙想艺术都想疯了。</p>
<p style="text-align: justify;">反之极为不协调的是，万事计划，万事汇报，万事好商量，所有人都太乖了。唯此，艺术的事情还真就遥遥无期了。</p>
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		<title>无头女</title>
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		<pubDate>Sun, 04 Jul 2010 05:23:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>CQ</dc:creator>
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		<description><![CDATA[全篇看下来，其实未必那么好看。究其原因，恐怕是每场戏过为精确，出众的设计，女主角的表演也要算进来。此片，剧情布置跟展开的方法比较特殊，看到最后我甚至觉得片子才刚开了个头儿而已。换句话说，首尾时间轴虽然是严格线性的，但所有戏剧化因素却并未遵循常规的起承转合，一开始就是最高潮，然后渐退，一退再退。 围绕着开头这场&#8220;车祸&#8221;，还可以参考此文。稍微有别于齐批「迷魂记」（金门大桥救美，起居室，晾衣绳）那套说辞，文章作者更倾向于提醒那些着急忙慌的评论家们，应该多保护影片自带的某些指意模糊；并且任何一处模糊都必须以精确为前提，指意越含糊，对处理镜头时的准确性要求越高。除此以外文中同时还提到，观众到底看到什么，以及观众提前预设应该看到什么，或者，宁可忽略已看到的所有确凿部分愣说自个看着别的了等等相对比较严肃的话题。纽约电影节上，制片人阿尔莫多瓦是这么介绍自己这部爱片的，你们以为今晚看完就完了么，不，它还会缠着你，叫你们日有所思，夜有所梦。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: justify;"><embed allowfullscreen="true" allowscriptaccess="always" height="270" src="http://blip.tv/play/AYHq4h4A" type="application/x-shockwave-flash" width="500"></embed></p>
<p style="text-align: justify;">全篇看下来，其实未必那么好看。究其原因，恐怕是每场戏过为精确，出众的设计，女主角的表演也要算进来。此片，剧情布置跟展开的方法比较特殊，看到最后我甚至觉得片子才刚开了个头儿而已。换句话说，首尾时间轴虽然是严格线性的，但所有戏剧化因素却并未遵循常规的起承转合，一开始就是最高潮，然后渐退，一退再退。</p>
<p style="text-align: justify;">围绕着开头这场&ldquo;车祸&rdquo;，还可以参考<a href="http://www.avclub.com/articles/the-headless-woman,42561/?utm_medium=RSS&amp;utm_campaign=feeds&amp;utm_source=avclub_rss_daily">此文</a>。稍微有别于齐批「迷魂记」（金门大桥救美，起居室，晾衣绳）那套说辞，文章作者更倾向于提醒那些着急忙慌的评论家们，应该多保护影片自带的某些指意模糊；并且任何一处模糊都必须以精确为前提，指意越含糊，对处理镜头时的准确性要求越高。除此以外文中同时还提到，观众到底看到什么，以及观众提前预设应该看到什么，或者，宁可忽略已看到的所有确凿部分愣说自个看着别的了等等相对比较严肃的话题。纽约电影节上，制片人<a href="http://www.youtube.com/watch?v=PXGjeK0LMto&amp;feature=related">阿尔莫多瓦</a>是这么介绍自己这部爱片的，你们以为今晚看完就完了么，不，它还会缠着你，叫你们日有所思，夜有所梦。</p>
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		<title>电梯</title>
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		<pubDate>Tue, 29 Jun 2010 15:20:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>CQ</dc:creator>
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		<description><![CDATA[图书馆开仓放粮，处理过期杂志若干，还特别体贴地给准备了好多中型纸箱方便大户搬运，但好像谁也没好意思真这么干。大部分人是翻几页就放回原处了，好货实在不多。 看到篇写电梯的，解了不少闷。 首先是安全性，跟其它交通工具比起来，乘电梯太安全了。先看一组数字。在美国，每年有二十六人死于电梯，并且他们中的大多数是正在施工或点检的工作人员。谁要是觉得这个数目已经不少，只需再看一眼每五分钟内车祸的至亡率就够了，二者根本不是一个数量级。当然，不是所有人都承认，或者起码意识到，电梯，作为一种交通工具，所起到的作用不可或缺。最有发言权的电梯制造商奥迪斯给你我算过一笔账，全世界所有电梯每五天的载客量就相当于地球总人口，并且发展中国家的城市化速度越快，以上来下去这种方式位移的机会也随之激增。 再看两组年份。1945年，帝国大厦。两部电梯有惨案。 当天由于下雾，飞机转向时飞行员操作失误，肇事者直接开着一架B-25米切尔型轰炸机扎向帝国大厦第七十九层，两部电梯的安全缆被折断，之后是恐怖的自由落体。尽管电梯甬道底部的缓冲系统帮了大忙，但谁也受不了这么个摔法，两台电梯完全报废。其中一台里面的电梯员开小差跑出去抽烟幸免于难；另一位，在最终撞击瞬间明智地选择缩在电梯一角，捡了条命。 第二个时间点，九一一。据估算，当时大约有二百来人死在电梯里，死因如下，自由落体式惨案，电梯起火，烟呛窒息，以及结构性塌陷。这或许是电梯作为凶手最出名的两起案例了。其余的像什么乘电梯时突发心脏病抢救无效或者更极端点儿被人冷枪射杀之类的，就都不该把帐算在电梯头上。 现代建筑里那些大规模摩天之所以成为可能，与两样东西密不可分 &#8212;&#8212; 钢结构和电梯。 作为高层建筑的必需品，外行普遍关心的是那些漂亮的参数，电梯总部数，单位电梯容量，运行速度等等。而在电梯设计者看来，真正值得好好计量的是电梯合理利用率，说白了，就是各时间段有多少人使用电梯。设计图纸时一定得估算清楚，电梯安排少了，势必要等要挤，安排多了，浪费建筑空间，侵占业主权益。所以这种微妙又复杂的工作非得请少数专家来才行，根本不是一拍脑门儿的事。哈利法塔（迪拜塔）里一共有四十六部电梯，其中包括两部永远直达顶楼的双层电梯，相当于所谓的垂直特快。不过目前世界上最快的电梯装在台北一零一，时速三十五英里。 然而在实际生活里，电梯又似乎没给人留下什么好印象，最叫人头疼的无非两件事，一，等电梯，二，电梯按钮突然失灵。日本人为了安抚人们等电梯时的焦虑，特意在电梯快来时亮灯提示，意在给所谓&#8221;心理等待时间&#8220;一个交代。其实即便上了电梯，也还是要等，层层停，开门关门开门关门烦死你。 为了避免按钮一时失灵这种尴尬的场面发生，索性完全没有按钮的智能电梯已然开跑。有得就有失，这种智能电梯比较麻烦的地方是必须事先在中央控制器上选好自己乘哪部电梯去哪层，这样一来，虽然在走廊里扎堆排个儿的时间可能多些，但只要坐上就是点对点，开门就到站。另外，就连等电梯这件事也似乎没那么熬人了，至少你知道哪部是要来接你的。 对普通乘客来说，或许这种智能电梯怪就怪在你根本找不到任何按钮，一旦进入，失去掌控权这种错觉便很容易产生，而电梯却知道你想去哪，它会将你直接绑架到该层。话又说回来，传统电梯实际制造出的也不过同样是错觉，乘客进电梯，按下对应的楼层数，随后你开始自我感觉良好，以为自己就是驾驶员。 大多数电梯，至少九十年代早期安装的那批电梯，&#8220;关门&#8221;这个钮实际上是废键，按了也白按。可是经常还会看见有人一路狂按关门键，最后，门真的关上了。这事有点儿像祈祷。 智能电梯还有个缺陷，就是你不能说改就改，真要是临时改主意的话，必须再退回来重选。同时，智能电梯也彻底根除了像我这种乘客经常会犯的粗心病，比如有时，我突然意识到电梯门怎么这么长时间还不开（被困？），然后我意识到它或许连动都没动（不是吧！），最后我发现，自己根本什么也没按。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: justify;">图书馆开仓放粮，处理过期杂志若干，还特别体贴地给准备了好多中型纸箱方便大户搬运，但好像谁也没好意思真这么干。大部分人是翻几页就放回原处了，好货实在不多。</p>
<p style="text-align: justify;">看到篇写<a href="http://www.newyorker.com/reporting/2008/04/21/080421fa_fact_paumgarten?currentPage=all">电梯</a>的，解了不少闷。</p>
<p style="text-align: justify;">首先是安全性，跟其它交通工具比起来，乘电梯太安全了。先看一组数字。在美国，每年有二十六人死于电梯，并且他们中的大多数是正在施工或点检的工作人员。谁要是觉得这个数目已经不少，只需再看一眼每五分钟内车祸的至亡率就够了，二者根本不是一个数量级。当然，不是所有人都承认，或者起码意识到，电梯，作为一种交通工具，所起到的作用不可或缺。最有发言权的电梯制造商奥迪斯给你我算过一笔账，全世界所有电梯每五天的载客量就相当于地球总人口，并且发展中国家的城市化速度越快，以上来下去这种方式位移的机会也随之激增。</p>
<p style="text-align: justify;">再看两组年份。1945年，帝国大厦。两部电梯有惨案。</p>
<p style="text-align: justify;">当天由于下雾，飞机转向时飞行员操作失误，肇事者直接开着一架B-25米切尔型轰炸机扎向帝国大厦第七十九层，两部电梯的安全缆被折断，之后是恐怖的自由落体。尽管电梯甬道底部的缓冲系统帮了大忙，但谁也受不了这么个摔法，两台电梯完全报废。其中一台里面的电梯员开小差跑出去抽烟幸免于难；另一位，在最终撞击瞬间明智地选择缩在电梯一角，捡了条命。</p>
<p style="text-align: justify;">第二个时间点，九一一。据估算，当时大约有二百来人死在电梯里，死因如下，自由落体式惨案，电梯起火，烟呛窒息，以及结构性塌陷。这或许是电梯作为凶手最出名的两起案例了。其余的像什么乘电梯时突发心脏病抢救无效或者更极端点儿被人冷枪射杀之类的，就都不该把帐算在电梯头上。</p>
<p style="text-align: justify;">现代建筑里那些大规模摩天之所以成为可能，与两样东西密不可分 &mdash;&mdash; 钢结构和电梯。</p>
<p style="text-align: justify;">作为高层建筑的必需品，外行普遍关心的是那些漂亮的参数，电梯总部数，单位电梯容量，运行速度等等。而在电梯设计者看来，真正值得好好计量的是电梯合理利用率，说白了，就是各时间段有多少人使用电梯。设计图纸时一定得估算清楚，电梯安排少了，势必要等要挤，安排多了，浪费建筑空间，侵占业主权益。所以这种微妙又复杂的工作非得请少数专家来才行，根本不是一拍脑门儿的事。哈利法塔（迪拜塔）里一共有四十六部电梯，其中包括两部永远直达顶楼的双层电梯，相当于所谓的垂直特快。不过目前世界上最快的电梯装在台北一零一，时速三十五英里。</p>
<p style="text-align: justify;">然而在实际生活里，电梯又似乎没给人留下什么好印象，最叫人头疼的无非两件事，一，等电梯，二，电梯按钮突然失灵。日本人为了安抚人们等电梯时的焦虑，特意在电梯快来时亮灯提示，意在给所谓&rdquo;心理等待时间&ldquo;一个交代。其实即便上了电梯，也还是要等，层层停，开门关门开门关门烦死你。</p>
<p style="text-align: justify;">为了避免按钮一时失灵这种尴尬的场面发生，索性完全没有按钮的智能电梯已然开跑。有得就有失，这种智能电梯比较麻烦的地方是必须事先在中央控制器上选好自己乘哪部电梯去哪层，这样一来，虽然在走廊里扎堆排个儿的时间可能多些，但只要坐上就是点对点，开门就到站。另外，就连等电梯这件事也似乎没那么熬人了，至少你知道哪部是要来接你的。</p>
<p style="text-align: justify;">对普通乘客来说，或许这种智能电梯怪就怪在你根本找不到任何按钮，一旦进入，失去掌控权这种错觉便很容易产生，而电梯却知道你想去哪，它会将你直接绑架到该层。话又说回来，传统电梯实际制造出的也不过同样是错觉，乘客进电梯，按下对应的楼层数，随后你开始自我感觉良好，以为自己就是驾驶员。 大多数电梯，至少九十年代早期安装的那批电梯，&ldquo;关门&rdquo;这个钮实际上是废键，按了也白按。可是经常还会看见有人一路狂按关门键，最后，门真的关上了。这事有点儿像祈祷。</p>
<p style="text-align: justify;">智能电梯还有个缺陷，就是你不能说改就改，真要是临时改主意的话，必须再退回来重选。同时，智能电梯也彻底根除了像我这种乘客经常会犯的粗心病，比如有时，我突然意识到电梯门怎么这么长时间还不开（被困？），然后我意识到它或许连动都没动（不是吧！），最后我发现，自己根本什么也没按。</p>
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		<title>差異と反復</title>
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		<pubDate>Wed, 23 Jun 2010 08:54:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>CQ</dc:creator>
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